国語嫌いへの処方箋〜「現代文」に対する3つの誤解〜

4月 21st, 2014 | Posted by 阿部道浩 in YOSCAスタッフ

私は現代文という科目が大好きでした。私が今、こうして記事コンテンツの作成に携われているのは天職といえるのかもしれません。

いつから好きだったのかはあまりよく覚えていません。恐らく、大学生の頃に塾の講師として教え始めた頃からでしょうか。

この記事は、特に現代文という科目を忌避している(していた)方にこそ読んで頂きたいです。

 

現代文というのはすごく曖昧な科目で、何だかよく分からないという印象を持っている人が多いと思います。皆さんも現代文のことをこんな風に思っていませんか。

  • 現代文は勉強しようがない
  • 現代文の答えは一つに決まらない
  • 現代文は難しい

Troubled

「現代文は勉強しようがない」

こんな風に考えている人、本当に多いです。「現代文はセンスだ」とか「現代文は読書していれば力がつく」とか。そんなことを中高生が言っているなら分かるんですが、現代文の先生でも「天声人語を読むといいよ」とか言っているので困ります。

ここで断言したいのですが、現代文はセンスではありません。絵を描くとか、小説を書くならセンスは必要かもしれないですが、現代文の問題を解くのにセンスなんて必要ないです。センスではないので、正しく勉強すれば現代文は解けるようになります。

また、センスみたいに少しずつ磨いていくものでもないので、読書をしたり新聞を読んだりして勝手に身につくものでもないです。読まないよりは読んだ方が力はつくでしょうが、それは(読むスピードが上がったり、語彙が身についたりといった)基礎体力をつけているだけで、それだけで現代文が解けるようにはならないです。

 

「現代文の答えは一つに決まらない」

現代文の問題は誰が見ても納得出来るような答えが一つだけ出るよう作られています。

「この時の花子さんの気持ちを答えなさい。」という問題ってありますよね。「えーそんなの作者しか知らないんじゃないの。」って言う人がいますが、全くそんなことないです。そもそも、ここで「作者はどういう思いを込めて花子さんを登場させたのか」なんて考えたらいけないんです。

フランスの哲学者、批評家であったロラン・バルトは「作者の死」という概念を提唱しています。すごく簡単に言うと、作品が発表され、あなたが文章を読んだ時点で、作者の存在というものを全く考えに入れてはならない、ということです。作者がどう考えたかなんていうのは作者に直接聞かない限り知るのは不可能。だから、あくまでその文章から客観的に導き出せばそれが答えです。

問題を解く時、作者を考えに入れることはしませんが、更に言えば読み手である”あなた”も葬り去ります。問題文を読んで納得した、感動した、笑えた、嬉しかった、そんな感想を現代文は求めていません。答えは解答する人の考えに依存せず、徹頭徹尾、客観的に文章から導き出します。だから答えは、誰が見ても納得出来るようなものに定まるのです。

 

「現代文は難しい」

私は、現代文は学校で習う科目の中でも最もやさしい部類に入ると思っています(「易しい」か「優しい」かは微妙ですが)。なぜなら、現代文は非常に慈悲深い科目だからです。

なぜ慈悲深いのか。先述した通り、現代文では文章以外のことを考える必要がありません。答えは全て文章に書いてあります。文章だけを読み解けばそれで完了するのです。「答えなさい」って問題を出しておきながら、既に答えが書いてあるなんて、なんて慈悲深いのでしょうか。

私は現代文との対比として、よく数学を挙げます。数学は一行の問題から始まり、そこから自分で論理を構築して答えを導き出します。しかし現代文は、既に誰かが論理を構築してくれていて、そこから答えを一行で導くだけです。親切な科目なんです。

 

これまで述べた通り、現代文はちゃんと勉強すれば成績が出ます。センスで解くものではないし、答えは明快に一つに定まるし、しかもその答えも示されています。でも残念ながら、多くの人は現代文に対して誤解をしていて、「何だかよく分からない科目だし、時間をかけても成績が上がらないからパス」くらいに考えています。非常にもったいないです。

 

現代文は2つのことさえ知っていれば解ける

Good luck!
それでは、現代文はどのように勉強すべきなのでしょうか。

文章から客観的に答えを導き出すことが出来る。つまり、「論理的に文章を読み解く方法」を学べばいいんです。その方法とは何か。

私の持論では、現代文は「指示語」と「接続詞」だけちゃんと分ければ解けると思っています。どの問題も結局はこの2つに行き着きます。

  • 指示語というのは、いわゆる「こそあど言葉」だけではありません。文章というのは、その文章でしか使われない言葉遣いをしたり、比喩を使ったり、いろんな表現を使います。それらの表現は、その部分だけを読んでも意味が分かりません。指示語の内容を具体的に示す表現が必ず他の箇所で使われているので、それを探します。指示している内容を辿っていければ文章が読めたも同然です。
  • 接続詞というのは、文章と文章の関係性を端的に示します。前の文章を前提として次を述べているのか、前の文章を覆しているのか、前の文章と同様の例を示そうとしているのか、などなど。この文章と文章の関係性が分かれば文章の全体的な構造も理解出来るし、先述した指示語の内容を探す際にも役立ちます。 

 

現代文の問題が解けないのは筆者の書き方が下手なだけ

余談ですが、現代文の問題が解けなかった場合は、自分のせいに考えない方が良いです。文章を書いた筆者のせいにしちゃいましょう。

なぜか。答えに入る前に、皆さんは”良い文章”をどのように定義しますか。いろいろな意見があるかと思いますが、私は「自分の意図した通りに読み手に意見や事実が伝えられている」文章だと思います。

「青汁は健康に良い」ということを伝えたいと思って文章を書き、読んでもらった時に「なるほど、確かに青汁は健康に良いんだな。」と読者に思わせることが出来たら、その文章は目的を達成しており、”良い文章”と言えると思います。そこで、「うーん、何となく青汁は健康に良いようなことが書いてあるような気がするんだけど、何だかよく分からないや。」と思わせてしまったら、それはその読者にとっては”良い文章”とは言えません。なぜなら、その文章は目的を達成出来ていないからです。

青汁が体に良いかも、相対性理論も、仮言命法と定言命法も、文章を書く人が本当に理解していて、本当に相手に伝える気があるなら、分かりやすく伝えることが出来るはずです。それが出来ていないから、難しい言葉を使ったり、言い回しがくどくなったり、論理展開が急になったりして、分かりづらくなる。なので、文章を読んでもちんぷんかんぷんだったら、それは読んだ自分が悪いと思わない方が良いと思います。(この文章を読んでいて意味が分からなかったとしても、それは完全に筆者である阿部のせいなので全く問題ないということです。)

 

さて、現代文について思っているところをつれづれなるままに書いてみました。

最後に声を大にして言いたいのですが、現代文って本当に面白いです。読解は本当に面白いからこそ、現代文が誤解され、肩身の狭い立場にあることを口惜しく思います。
Interested in strange beings

こんな記事で、少しでも現代文を好きになってくれる人が増えてくれると嬉しいです。


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阿部道浩

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ライター紹介

阿部道浩

著者プロフィール:阿部道浩
株式会社YOSCA取締役。1987年新潟県生まれ、2011年慶應義塾大学卒業。 大学在学中から、当時社員2名のモバイルサイト運営会社Berryにてインターンに参加。iPhoneアプリ開発からECサイト店長業務まで幅広くネットビジネスに関わる。大学卒業とともにBerryに正社員として入社、Webコンテンツの制作を担った。 2013年、宮嵜とともに株式会社YOSCAを立ち上げ、在宅で業務に当たる。趣味はランニングとオーディオ。

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